アブラソコムツという魚をご存知でしょうか。見た目は美味しそうなマグロのような魚なのに、食べると大変なことになってしまう不思議な魚です。
実は、この魚を食べた人は本当にオムツが必要になることもあるほど、特殊な症状を引き起こすのです。そのため日本では食品衛生法により販売が禁止されています。
でも味は絶品だと言われているのに、なぜ食べられないのでしょうか。今回は、アブラソコムツの正体から危険な理由、そして意外な生態まで詳しく解説していきます。
アブラソコムツとは何?基本的な特徴と見た目
アブラソコムツは深海魚の一種で、正式名称を「バラムツ」と言います。体長は1〜2メートルほどになる大型の魚で、見た目はマグロやカツオによく似ています。
体は銀白色で美しく、特に腹部は真珠のような輝きを持っています。この美しい外見から、知らない人が見ると「美味しそうな魚だな」と思ってしまうのも無理はありません。実際に、海外では「白マグロ」や「バターフィッシュ」という名前で寿司屋などで提供されることもあります。
アブラソコムツの最大の特徴は、体内に大量の油分を含んでいることです。この油分こそが、後ほど説明する危険な症状を引き起こす原因となっています。魚の身を見ると、まるで霜降り肉のように脂が入っているのが分かります。
オムツ着用必須と言われる理由
消化できない脂「ワックスエステル」の正体
アブラソコムツが危険な理由は、体内に含まれる「ワックスエステル」という特殊な脂にあります。この脂は人間の消化酵素では分解できません。
通常の魚の脂とは化学構造が全く異なり、ろうそくのロウのような性質を持っています。そのため、食べても消化されずに体内をそのまま通過してしまうのです。この性質が、後に説明する恐ろしい症状を引き起こします。
ワックスエステルは魚にとっては浮力調整のために必要な成分です。しかし人間にとっては、まさに「毒」のような存在と言えるでしょう。
肛門から油が漏れ出すメカニズム
消化されないワックスエステルは、腸内でオレンジ色の油となって蓄積されます。そして重力の影響で下に移動し、最終的に肛門から漏れ出してしまいます。
この油漏れは本人の意思とは関係なく起こります。座っているとき、歩いているとき、寝ているときでも関係ありません。まるで蛇口が壊れたように、勝手に油が漏れ続けるのです。
- 無色透明またはオレンジ色の油が漏れる
- 本人の意思とは無関係に発生
- 衣服や寝具を汚してしまう
- においもある場合が多い
どれくらい食べると危険なのか
実は、ほんの少し食べただけでも症状が現れることがあります。個人差はありますが、50グラム程度(刺身数切れ)でも十分に症状が出る可能性があります。
海外では6オンス(約170グラム)以下であれば比較的安全とされていますが、それでも確実ではありません。体質によっては、もっと少量でも激しい症状が出る人もいます。
特に子供や高齢者は症状が重くなりやすいため、より注意が必要です。「ちょっとだけなら大丈夫」という考えは非常に危険と言えるでしょう。
アブラソコムツを食べるとどんな症状が起こる?
下痢や腹痛などの消化不良
アブラソコムツを食べると、まず現れるのが激しい下痢です。通常の下痢とは違い、大量の油と一緒に便が出てきます。この症状は食後30分から数時間で始まることが多いです。
腹痛も伴いますが、これは腸がワックスエステルを排出しようとする自然な反応です。痛みは波のように押し寄せ、トイレから離れられない状態が続きます。
症状は個人差がありますが、軽い人でも半日、重い人では2〜3日続くことがあります。この間、普通の生活を送ることは困難になります。
皮脂漏症(皮膚から油が漏れる)
恐ろしいことに、油は肛門からだけでなく、皮膚の毛穴からも漏れ出すことがあります。これを皮脂漏症と呼びます。
顔や背中、腕など全身の毛穴からオレンジ色の油がにじみ出てきます。見た目にも分かるほどで、まるで汗をかいているような状態になります。この症状が出ると、人前に出るのが恥ずかしくなってしまいます。
皮脂漏症は比較的軽い症状の人でも起こることがあります。「下痢だけで済んだ」と思っていたら、後から皮膚からも油が出てきたという例も報告されています。
脱水症状や昏睡状態の危険性
重篤な場合、脱水症状や昏睡状態に陥ることもあります。激しい下痢により体内の水分や電解質が大量に失われるからです。
特に高齢者や子供、持病のある人は注意が必要です。症状が重い場合は、すぐに医療機関を受診する必要があります。点滴による水分補給が必要になることもあります。
過去には、アブラソコムツを食べて救急搬送されたケースも報告されています。「たかが魚で」と侮ってはいけない、本当に危険な食べ物なのです。
食品衛生法で販売禁止になっている背景
1981年から続く販売・流通の禁止措置
日本では1981年から、アブラソコムツの販売や流通が食品衛生法により完全に禁止されています。これは過去に多くの食中毒事例が報告されたためです。
当時は「バターフィッシュ」や「白マグロ」として販売されていましたが、食べた人に次々と症状が現れました。特に飲食店での集団食中毒事例が相次ぎ、社会問題となったのです。
現在でも、この禁止措置は厳格に守られています。万が一市場で発見された場合は、即座に回収・廃棄されます。
厚生労働省が定める有害魚の扱い
厚生労働省は、アブラソコムツを「有害魚」として指定しています。これは毒魚とは異なり、毒があるわけではないものの人体に害を及ぼす魚という位置づけです。
同様に禁止されている魚には、アブラボウズやアカマンボウなども含まれます。これらも同じくワックスエステルを含む深海魚です。
有害魚の指定は、科学的根拠に基づいて行われています。過去の事例や研究結果を総合的に判断し、国民の健康を守るための措置なのです。
市場で見つかった場合の対処法
もし市場や魚屋でアブラソコムツらしき魚を見つけた場合は、絶対に購入してはいけません。また、保健所への通報も考慮すべきです。
違法に販売された場合、販売者には厳しい処罰が下されます。食品衛生法違反として、営業停止や罰金などの処分を受けることになります。
消費者としても、見慣れない魚や異常に安い魚には注意が必要です。特に「白マグロ」や「バターフィッシュ」という名前で売られている場合は要注意です。
絶品と言われる味の特徴
大トロのような食感と脂の乗り
アブラソコムツが「絶品」と言われる理由は、その圧倒的な脂の美味しさにあります。食べた人によると、まるで最高級の大トロのような食感だそうです。
口に入れると、とろけるような脂の甘みが広がります。この脂こそがワックスエステルなのですが、味だけで言えば確かに美味しいのです。
身は柔らかく、噛む必要がないほどです。まさに「口の中でとろける」という表現がぴったりの食感で、多くの人が「今まで食べた魚の中で一番美味しい」と感じるほどです。
実際に食べた人の味の感想
海外で合法的に食べた日本人の体験談によると、味は確かに絶品だったそうです。しかし、その後の症状を考えると「二度と食べたくない」というのが正直な感想でした。
「最初の一口は天国、その後は地獄」という表現をする人も多いです。美味しさと引き換えに払う代償があまりにも大きすぎるのです。
また、味に夢中になって食べ過ぎてしまう人も多いようです。美味しすぎて量を忘れてしまい、結果的に重篤な症状に陥ってしまうケースも報告されています。
なぜこれほど美味しいのか
アブラソコムツの美味しさの秘密は、やはりワックスエステルにあります。この特殊な脂が、他の魚にはない独特の甘みと旨味を生み出しています。
深海魚特有の生活環境も関係しています。高水圧と低温の環境で生活しているため、身が締まりながらも柔らかさを保っているのです。
また、餌となる深海の小魚やイカなども、この独特の味わいに影響していると考えられています。深海という特殊な環境が作り出した、まさに「禁断の美味」と言えるでしょう。
アブラソコムツの生態と釣り方
深海150〜1000mに生息する習性
アブラソコムツは、水深150メートルから1000メートルの深海に生息しています。特に水深400〜600メートル付近でよく見つかります。
この深海環境こそが、アブラソコムツの体に大量のワックスエステルを蓄える理由です。深海の高水圧に対抗するため、浮力調整の役割を果たしているのです。
生息地域は太平洋、大西洋、インド洋の温帯から熱帯海域です。日本近海でも時々捕獲されることがありますが、そのほとんどが研究目的や偶然の混獲です。
夜間に浅海へ浮上する行動パターン
興味深いことに、アブラソコムツは夜になると比較的浅い海域に浮上してくる習性があります。これを「日周鉛直移動」と呼びます。
夜間には水深100〜200メートル付近まで上がってきて、餌となる小魚やイカを捕食します。この行動パターンが、時々漁船の網に混獲される理由でもあります。
朝になると再び深海に戻っていきます。この規則的な行動は、多くの深海魚に共通して見られる現象です。
スポーツフィッシングでの人気
海外では、アブラソコムツはスポーツフィッシングの対象魚として人気があります。大型で引きが強いため、釣り人にとってはやりがいのあるターゲットです。
ただし、釣り上げても食べずにリリースするのが一般的です。または、少量だけ味見をして残りはリリースという釣り人も多いようです。
- 深海ジギングでの釣果が多い
- 夜間の方が釣れやすい傾向
- 大型のルアーに良く反応する
- 引きは強いが上がってくるのに時間がかかる
海外では今でも食べられている現状
「白マグロ」として提供される実態
アメリカやカナダなどでは、現在でもアブラソコムツが「白マグロ」や「スーパーホワイトツナ」という名前で提供されています。特に寿司屋やシーフードレストランでの使用が目立ちます。
しかし、多くの場合、危険性についての説明は不十分です。メニューに小さく注意書きがある程度で、店員も詳しく説明しないことが多いのが現状です。
観光客や知識のない消費者が、美味しそうだからと注文してしまい、後で大変な目に遭うケースも少なくありません。
海外の寿司屋での使用例
特にアメリカの寿司チェーン店では、比較的安価な「白身魚の寿司」として提供されることがあります。本物のマグロより安く仕入れられるため、コストダウンの手段として使われているのです。
高級寿司店でも、知識のない客に対して「珍しい魚です」として出すことがあります。実際に美味しいため、客の満足度は高いのですが、その後のことを考えるとトラブルの元でもあります。
日本人観光客も被害に遭うことがあり、「海外で寿司を食べたら大変なことになった」という体験談も聞かれます。
6オンス(約170g)以下の摂取推奨
アメリカのFDA(食品医薬品局)では、アブラソコムツの摂取を6オンス(約170グラム)以下に制限するよう推奨しています。この量であれば、比較的安全に食べられるとされています。
しかし、これは平均的な成人に対する目安です。子供や高齢者、体調の悪い人はさらに少量に抑える必要があります。
実際のところ、少量でも症状が出る人は出ます。「推奨量以下だから安全」という考えは危険と言えるでしょう。
まとめ
アブラソコムツは、見た目も味も申し分のない魚ですが、体内に含まれるワックスエステルという消化できない脂のために、食べると深刻な健康被害を引き起こします。
日本では1981年から販売・流通が完全に禁止されており、これは国民の安全を守るための重要な措置です。海外では今でも食べることができる国もありますが、そのリスクを十分理解した上での判断が必要でしょう。
もし海外でこの魚に遭遇した場合は、どんなに美味しそうに見えても手を出さないことをおすすめします。「禁断の美味」は、その代償があまりにも大きすぎるからです。食べ物の安全性について知識を持つことで、自分や家族の健康を守ることができるのです。
